機械設計や加工の現場では、「この鋼材は焼き入れて硬くしてあります」といった言葉をよく聞きます。
でも、なぜ加熱しただけで金属が硬くなるのでしょうか?
そこには、「金属の変態」と呼ばれる不思議な現象が関係しています。
この記事では、鋼がなぜ熱処理で硬くなるのか、そのメカニズムと、設計上で知っておくべきポイントをわかりやすく解説します。
そもそも「熱処理」とは?
熱処理とは、金属に熱を加えて冷やすことで、性質(強度・硬さ・靱性など)を変える加工方法です。

鋼における代表的な熱処理には、以下のような種類があります。
熱処理名 | 主な目的 | 特徴 |
---|---|---|
焼き入れ | 硬さを高める | 急冷で硬化 |
焼き戻し | 焼き入れ後の硬さ調整 | 靭性を回復 |
焼なまし | 軟化・応力除去 | 再加工しやすく |
焼ならし | 組織の均一化 | 機械的性質の安定 |
鋼が硬くなる“秘密”:変態とマルテンサイト
鋼の中の炭素がカギ
鋼(S45CやSCMなど)には、鉄(Fe)に微量の炭素(C)が含まれています。
この炭素が、加熱・冷却によって鉄の結晶構造に影響を与えるのです。
「変態」ってなに?
鉄は、加熱すると内部の結晶構造が変わります。
この構造の変化を「変態(へんたい)」といいます。
- 常温では「フェライト」や「パーライト」
- 高温では「オーステナイト」
鋼材を約750℃以上に加熱すると、「オーステナイト」という構造に変わります。
この状態から急冷(例えば油や水で一気に冷やす)すると、炭素が中に閉じ込められたままの状態で固まります。
これが「マルテンサイト」という非常に硬い構造です。
焼き入れの実際と注意点
【焼き入れのステップ】
- 鋼材をオーステナイト域(750〜900℃)まで加熱
- 炭素が鉄の中に溶け込む
- 急冷(油や水)でマルテンサイトに変化
- 非常に硬くなるが、同時に「もろく」なる
【焼き戻しでバランス調整】
マルテンサイトは硬い反面、衝撃に弱く割れやすいため、「焼き戻し」といって300〜600℃程度に再加熱して靭性(粘り)を回復させるのが一般的です。
設計で気をつけたい!熱処理による“硬化”の落とし穴
金属を硬くしたいときに欠かせない「熱処理」。
特に鋼材では、焼き入れによって大幅に硬度を高めることができます。
でも、「硬くなったからOK!」と安心するのはまだ早いかもしれません。
熱処理を施すと、思わぬトラブルや寸法の狂いが発生することがあります。
ここでは、熱処理後に設計者が必ず気をつけたい3つのポイントを、初心者の方にもわかりやすく解説します。
ひずみ・変形に注意!
熱処理、とくに焼き入れは、鋼材を高温(800℃前後)に加熱し、急冷(水や油に浸けて一気に冷やす)ことで硬くします。
しかし、ここで問題になるのが「急冷によるひずみ」です。
なぜひずむの?
金属の表面と内部では、冷えるスピードが違います。
この温度差による膨張・収縮のズレが、金属の中に「応力=力の偏り」を生み、曲がりや反りが発生します。
設計での対策
- 高精度が必要な部品は、焼き入れ後に再仕上げ加工(研磨など)を行う
- 対象物の形状をできるだけ左右対称・均一な肉厚にする
- 急冷時の冷却方法(油冷 vs 水冷)の選定も重要
割れのリスクに注意!
焼き入れ直後の鋼材は非常に硬くなりますが、その反面、「もろくなる(割れやすくなる)」という性質を持ちます。
なぜ割れるの?
急激な冷却により、内部に高い応力が残った状態(残留応力)となり、
特に「角の部分」や「厚みがある部分」は、冷却ムラや応力集中によって割れやすいポイントになります。
設計での対策
- 角にR(丸み)をつけて応力集中を和らげる
- 厚みのある部分と薄い部分のバランスに注意する
- 焼き入れ後に焼き戻し処理を行って、粘りを持たせる
組織のムラ(中心部と表面の性質の違い)に注意!
熱処理は外側から熱を加えるため、大きな部品では中心部に熱が届きにくく、硬さや性質にムラが出ることがあります。
どういう問題になる?
例えば、シャフトや厚みのある部品では…
- 外側:硬くて丈夫
- 内側:焼きが入りきらず、軟らかいまま
このような状態だと、想定通りの強度が得られず、長期使用時に破損のリスクがあります。
設計での対策
- 中型〜大型部品では、適切な焼き入れ深さ(焼入れ硬化層)を設計段階で考慮
- 浸炭処理や高周波焼き入れなど、表面だけを硬化させる方法を選択することも有効
- 重要部品は、熱処理後に硬さ分布の検査を行う
熱処理は万能ではない!設計段階で対策を
熱処理は鋼材の性能を大きく引き上げる強力な技術ですが、
それに伴う「ひずみ・割れ・ムラ」といった副作用を理解しておくことが重要です。
ポイントをおさらいしましょう。
注意点 | 設計での配慮 |
---|---|
ひずみ・変形 | 寸法精度が必要な部品は、仕上げ加工を見込む |
割れのリスク | 角を丸くする、焼き戻しで粘りを確保 |
組織のムラ | 焼き入れ深さに注意し、表面処理の検討も |

熱処理後に慌てないためにも、あらかじめ設計段階で「熱処理ありき」で図面を描くことが、プロの設計者に求められるスキルです。
よく使われる焼き入れ鋼材の例
鋼種 | 特徴 | 用途 |
---|---|---|
S45C | 炭素鋼で、焼き入れ性はそこそこ | シャフト、ボルトなど |
SCM440 | クロムモリブデン鋼で焼き入れ性◎ | 歯車、ピン、軸受け部品 |
SKD11 | 高硬度・耐摩耗性に優れる工具鋼 | 金型、パンチなど |
まとめ:熱処理で「硬さ」と「粘り」のバランスを!
鋼材が熱処理で硬くなるのは、鉄と炭素が高温で結晶構造を変化させ、冷却によって特殊な硬い構造(マルテンサイト)を作り出すからです。
ただし、硬くなる=壊れにくい、とは限りません。
強さ・靭性・寸法精度のバランスを考慮して、必要に応じて焼き戻しや加工との組み合わせを行うことが、優れた設計につながります。
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